日本の民間薬の可能性を広げる ― センブリに秘められた成分の力
「センブリ」と聞いて、何を思い浮かべますか?
昔から胃薬として知られ、あまりの苦さに「千回振り出しても苦い」ということから名前がついたともいわれる薬草です。
お腹の調子が悪いときに使われてきた、日本を代表する民間薬の一つです。
ところが近年、このセンブリにも含まれる成分について、脳の神経細胞を守る可能性を示す研究が報告されました。
昔から胃薬として使われてきた植物に、まだ知られていない働きが隠されているかもしれません。
今回は、日本の伝統的な民間薬センブリと、その主成分の一つである「スウェルチアマリン」に注目してみましょう。
日本人が昔から使ってきた苦い薬草、センブリ
センブリは、リンドウ科の二年草で、学名を Swertia japonica といいます。
秋になると白い花を咲かせ、花や茎、葉、根を含めた植物全体が薬用に使われます。
生薬名は「当薬(とうやく)」。
日本では室町時代から、胃の不調や腹痛などに使われてきました。
センブリの最大の特徴は、何といってもその強烈な苦味です。
口に含むと、思わず顔をしかめてしまうほどの苦さ。それでも、昔の人たちはこの苦い薬草を胃の薬として大切に使ってきました。
現在も日本薬局方に収載されており、消化不良や食欲不振などに用いられる苦味健胃薬として知られています。
苦いものを食べると胃が元気になる?
では、なぜセンブリのような苦い薬草が胃薬になるのでしょうか。
その秘密の一つは、植物に含まれる苦味成分にあります。
センブリには、スウェルチアマリン、スウェロサイド、ゲンチオピクロシド、アマロゲンチンなど、さまざまな苦味配糖体が含まれています。
なかでも注目したいのが「スウェルチアマリン」です。
これはセコイリドイド配糖体という種類の成分で、センブリの苦味をつくる主要成分の一つです。
実は、私たちの身体には苦味を感じ取る受容体があります。
苦味受容体は舌だけでなく、胃や腸などの消化管にも存在することがわかってきました。
苦味成分を感知すると、消化管の細胞からさまざまな情報伝達物質や消化に関わるホルモンが放出され、消化管の働きを調整することが研究されています。
センブリのような苦い薬草が、古くから胃の働きを助ける薬として使われてきた背景には、こうした生理的な仕組みも関係しているのかもしれません。
中医学でも、苦味には清熱や燥湿などの働きがあると考えます。苦いものは、ただ苦いだけではないのですね。
スウェルチアマリンに、脳を守る可能性?
さて、ここからが今回ぜひご紹介したい研究です。
2023年、学術誌『ACS Pharmacology & Translational Science』に、スウェルチアマリンの神経保護作用に関する研究が発表されました。
研究では、パーキンソン病の状態を再現したマウスを用いて、スウェルチアマリンの働きを調べています。
パーキンソン病は、脳の中で運動の調節に関わるドーパミン神経が徐々に失われていく病気です。
また、脳内では神経細胞だけでなく、神経を取り巻く環境にも変化が起こります。
今回の研究で注目されたのは、次のような変化でした。
- 脳の炎症反応を抑える可能性:小膠細胞や星状膠細胞という、脳内の環境を支える細胞の過剰な活性化が抑えられました。
- α-シヌクレインの過剰な蓄積を軽減:パーキンソン病との関係が知られているタンパク質の異常な増加が抑えられました。
- ドーパミン神経を守る可能性:黒質から線条体につながる神経の脱落が軽減されました。
- 運動障害の改善:マウスの運動機能にも改善が認められました。
つまり、スウェルチアマリンには、脳内の炎症や神経細胞の変性を抑える働きがある可能性が示されたのです。
ただし、ここで大切なことがあります。
今回の実験で使われたスウェルチアマリンは、実はセンブリから取り出したものではありません。
「Enicostemma littorale(エニコステンマ・リトラーレ)」という、センブリとは別のリンドウ科植物から単離された成分です。
つまり、センブリそのものをマウスに与えた実験ではなく、センブリにも含まれるスウェルチアマリンという成分を取り出して調べた研究なのです。
また、マウスに腹腔内投与して得られた結果であり、人間がセンブリを飲んでも同じ効果が得られるということではありません。
それでも、昔から胃薬として使われてきたセンブリに含まれる成分が、脳の神経を守る可能性を持っているというのは、とても興味深いことですね。
胃薬の進歩と、私たちが考えたいこと
現代の胃薬には、さまざまな種類があります。
なかでも広く使われているのが、PPI(プロトンポンプ阻害薬)と呼ばれる胃酸分泌抑制薬です。
胃酸の分泌を強力に抑えることで、胃潰瘍や逆流性食道炎などの治療に大きな役割を果たしています。
一方で、PPIについては、長期使用と認知症リスクとの関連が研究されてきました。
胃酸を抑える薬が、なぜ脳の健康と関係するのか。不思議に思う方もいらっしゃるでしょう。
PPIと認知症の関係については、これまでいくつもの観察研究が行われ、認知症の発症率が高くなる可能性を示した報告もあります。
しかし、その後の研究では、関連が認められないという結果も多く報告されています。
2026年に発表された複数のシステマティックレビューをまとめた研究でも、PPIと認知症の間に明確な因果関係があるとはいえず、現時点でPPIが認知症を引き起こすと考える根拠は十分ではないと結論づけています。
もちろん、PPIは必要な方にとって大切な治療薬です。認知症が心配だからといって、自己判断で服用を中止する必要はありません。
ただし、どんな薬にもメリットとデメリットがあります。
長期間服用している場合には、本当に今も必要なのか、適切な量なのかを、医師や薬剤師と定期的に確認することが大切です。
日本の民間薬には、まだまだ可能性がある
私たちは、胃の調子が悪くなると、すぐに胃酸を抑える薬や胃の働きを助ける薬を思い浮かべます。
もちろん、それらは現代医療に欠かせない大切な薬です。
一方で、昔から日本人が使ってきた薬草にも、まだ解明されていない成分や働きがたくさん残されています。
今回ご紹介したセンブリも、その一つです。
胃の働きを助ける苦味健胃薬として受け継がれてきたセンブリ。その成分の一つであるスウェルチアマリンには、脳の神経を守る可能性まで研究されているのです。
伝統的な薬草の知恵と現代の科学。
この二つを結びつけていくことで、私たちがまだ知らない植物の力が見えてくるかもしれません。
日本の身近な薬草には、まだまだ大きな可能性が秘められています。
昔の人たちが大切にしてきた知恵を、現代の科学でもう一度見つめ直してみたいですね。



